くものいと?

誰かから深刻な相談を受ける,ということを繰り返しているうちに,ワタクシはいつの間にか「聞く」ということに徹するようになってしまっていたらしい.それは悪くない.
ただ,ワタクシは「話す」ということを忘れていたのだ.
相手の話を聞き,苦悩の原因を指摘し,こうすればそんな悩みは解消しちゃうよ,とか言う.いかにも簡単なことのように.相手が話す人で,ワタクシは聞く人.相手は求める人で,ワタクシは与える人.ワタクシが上で,相手が下.そんな,二人の境界がハッキリした一方的なコミュニケーションは,コミュニケーションではない.


相手が抱えているのと同様の苦悩に,ワタクシ自身が思い悩まされていた時期があった.十代の頃のワタクシは,この辛く苦しい人生が,この先まだあと60年,70年も続くのか考えては更に暗い気分に沈んでいた.


そのことをもっと話すべきなのだ.自分もキミと同じことを考えていたと,元々キミと大して変わらない人間なのだと,伝える.それによってワタクシと相手との上下(?)関係は曖昧になる.そして,そこからどういう経緯を経て今のようなシンプルな答えを抱くようになったのかを話す.
苦悩を打ち明けるというのは,要するに相手が相手のことを話したわけだから,ワタクシもまた,ワタクシのことを話す.そうすれば二人の間の交換関係は上手くいく・・・みたいなことを言ったのは,妙木博之だっけ.心の流れは結局お金の流れに良く似ているっていう,経済心理学を提唱してる人.


おかしいよなぁ.元々,話し好きのハズなのにワタクシ.相手のことを気にかける余り,自分を抑えすぎていたらしい.抑えてるなんて自覚はまるで無かったのだけど・・・.