出会ってから10年

14日に死んだ友人の実家を訪れたとき,ふと気付いた.予備校時代の仲間と出会ってから,10年になると.


浪人をした一年間は,本当に楽しかった.予備校に通い始めて二ヶ月もしないうちに,男女七人ずつの仲良しグループが出来て,恋をしたり,喧嘩もしたり,そして受験という名のクライマックス.青春ドラマをそのまんま現実にしたような毎日だった.


大学に入ってからもお互い密に連絡を取り合って,年に1回か2回は一同に集まった.毎回10人以上が参加して,我ながらこの仲間の結束の強さに驚いたものだった.


「予備校時代の仲間は特別」


誰もがその言葉を口にし,その言葉に酔っていた.
だがTが死んでから,何かが変わった.まず,Tの恋人だった「彼女」が,Tの死に対する僕らの態度に温度差を感じて仲間から離脱した.それから,特にTと個人的に親密だった連中は,以後の集まりへの参加率が極端に下がった.Tの死は,僕らの結びつきが「仲間」という円の繋がりではなく,所詮は個人と個人の線の繋がりの寄せ集めに過ぎないことを明らかにしてしまったのだ.


そして,時間は,どんどん人を変えていく.
昔は「女の権利」を熱く語っていたのが,「やっぱ男には一歩譲らないとね」なんて言うようになってしまった.それが悲しかった.
「彼女」が僕らとの絶縁を宣言したとき,真剣に顔を突き合わせてどうするか話し合っていたのが,仲間の結婚式で集まったときには誰も「彼女」の名前を口にさえしなかった.それが,切なかった.


来週で,Tの死から丸七年が経つ.最初の数年は仲間達もTの実家の両親を訪れたり,年賀状や暑中見舞を送ったりしていたようだが,今ではそんなことも殆どなくなってしまったらしい.


そんな中で,当時はTといちばん仲の悪かったはずの僕が,毎年欠かさず彼の実家を訪れてるというのは,何だか奇妙な話だと思う.だが僕にしたところで,Tのためにそこへ行くのだと言えば,嘘になる.ただ,そこには「よう来てくれた,よう来てくれた」と本当に嬉しそうに言うTの母が居るから,僕はそこへ行く.


Tは僕らより二つ年上だった.でもTの実家に掛けられている彼の遺影は,もう,僕らよりも遥かに若い.