読破

世親 (講談社学術文庫)

世親 (講談社学術文庫)

旅の間に読み終えた.唯識仏教の大成者,ヴァスバンドゥマイトレーヤ(弥勒菩薩.実在したかどうかは不明)から始まって,アサンガが引継ぎ,その弟のヴァスバンドゥが完成させた.その思想は唐の時代に三蔵法師玄奘がインドから持ち帰り,朝鮮半島を経て日本に入る.宗派で言うと法相宗で,日本・中国で弥勒信仰というと,この宗派になる.そしてあの聖徳太子が信仰した仏教といえば,そう,弥勒菩薩ですね.


まあそんなことはどーでもよくて.


唯識というのは「物質的なものは実は存在せず,世界は心のみから成る」という思想.一見ムチャに見えて,実は全然そんなことはない.同じ対象を異なる人間が見た場合,それに対して抱く印象も異なっていることが多い.もし世界が物質によって出来ているのなら,その世界に対して抱く印象や見え方が,どうして人によって異なるのか.それは世界が心によって生み出された幻想に過ぎず,実際にはそのような世界は存在していないからだ,ということになる.
世間ってものを「渡る世間に鬼はなし」と見るか,「渡る世間は鬼だらけ」と見るかは,人によって違う.でもその違いは,実は本人の心の持ち方の違いに過ぎないんじゃないのか,という問いは十分に成立する.
元ヤクザだった人が,「若い頃は街にいる人間全員が敵に見えて,世界は何て恐ろしいところなんだと思っていました.足洗ったら,周りが敵だったんじゃなくて,自分が周囲に敵意を抱いてたんだってことが分かりましたよ」という話をしたことがあるそうだ.恐ろしい世界も,平和な世界も,全て人間の心の中に存在しているに過ぎない.今あなたに見えているその世界は,あなたの心を映し出したものに過ぎないのですよと,唯識の思想は教えてくれているのだ.
さすがに,現代の精神分析を1600年も前に先取りした,と言われるだけのことはあるのである.