コスト意識 参加者数×拘束時間=人・時間

ビジネスの世界じゃ当たり前とか言われつつ,多分全然当たり前ではないんだろうけど,コストというのはお金だけではないのである.時間とか,マンパワーだってコストとして換算して考えてみることも大切なのですよ.
最近の内田樹のブログで先を越されてしまったんだけど,例えばミーティングとか言って五人の人間が三時間ほど拘束されてしまったとする.この場合 5(人)×3(時間)=15(人・時間) というコストが掛かっているわけだ.これはよーするに,1人の人間が15時間を費やすとか,15人が1時間で出来る分の仕事を削って会議なるものに費やしたわけである.だから会議という話し合いの成果は,それだけの仕事量に見合うものでなければ,基本的に会議は失敗ということになる.


で,ずーっと気になってるのが,研究室のゼミだとか,中間・年度末報告.研究室の総勢25名(多いよっ).これが1人につき1回1時間.で,1人あたり4回の発表機会があるから,ゼミの時間は年間で25×4=100時間.というわけで,
25(人)×100(時間)=2500(人・時間)が,ゼミで一年に消費されるコストとなる.
2500人が1時間働いたら何ができるかとか,ちょっとでも想像してみてよ.


ゼミとかって基本的に出席が義務付けられてるんだけど,要するに参加者達は発表者に「付き合わされてる」わけである.そういう場所で「やっつけ仕事」みたいな発表をされると「頼むから俺の時間を返してくれ」と言いたくなってしまう僕なのです.ダメかなあ.っていうか今日は思いっきり言っちゃった.許してごめん.


しかし悪いのは発表者なのかというと,それもちょっと違う.少なくともそのようなコスト感覚についてまるで無頓着な教官の方が,責任は重いのではなかろうか.多分.そんな気がするの.


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僕は,何よりも「僕の時間」が大事です.だからそれを無意味なやり方で他人に浪費される,というのが何よりも許せない行為なのです.だからその裏返しで,他人の時間を無闇に奪うことにもとても大きな抵抗を感じます.僕がゼミ発表に相当の労力をつぎ込むのはそのためで,目立ちたいからとかそういうわけじゃないんですよ.楽しく聞いて貰って,しかも勉強になったと思って貰えるものを,目指すのです.何せ25人・時間を消費しなきゃいけないんですから.


後輩達,これは僕の遺言と思ってください.これからは研究室で,いや社会に出てからも,何かプレゼンをしなきゃいけない時にはきっと役に立つ考え方だと思います.だからその時には上の言葉を,少しは,思い出してみて下さいね.