力を失くした人.

一昨日の日記で触れた教官は,僕の学部生時代の卒論研究を担当してくれた人だ.基本的に頑固な人で,しかも面倒臭がりで,積極的に実験指導をしてれるわけでは決してなかった.「○○が上手くいかないんですけど」と相談に行っても,戻ってくる返事はまず「自分で何とかしぃ」である.逆らえば機嫌を損ねるし,何というか,徹底的に不器用なのだ.


それでも,本気で頑張ってれば助けてくれる人だった.学会発表の要旨の締め切り前夜に,夜12時を回っても,研究室に残って面倒を見てくれた.何だかんだ言って情に篤くて,自分の下にいる人間を守ろうとするタイプの人で,だから僕にとっては信頼できる大人だった.


それがしかし,僕が茨城やアメリカに飛ばされている間に,彼は窓際へ追いやられてしまった.不器用ゆえに元々上からは疎まれていたし,彼とソリの合わなかった学生数名が教授に訴えて,全ての研究テーマから外されてしまったのだった.それまで夜遅くまで仕事をするのが常だった教官は,毎日きっかり五時に帰宅するようになってしまった.今,教官を嫌っていた学生達の殆どが既に去り,彼にとって状況は改善されつつあるのだが,一度失われたモチベーションはなかなか戻らないのだろう.彼の仕事ぶりは,傍目にも誉められたものではない.


僕のことをいちばん買ってくれた人だった.酒が入れば僕を指して「コイツは大物になる」と繰り返した.研究計画が教授に難癖をつけられて凹んでいたとき,「いや,私は面白いと思うので頑張ってください」と言ってくれたその一言に助けられた.でもアメリカから戻ってきて,上からどんどの仕事を任されるのに対して,教官は相変わらず鳴かず飛ばずの状態が続いている.その状況が,彼にとって複雑なものだというのは分かる.教授の要望が,自分を素っ飛ばして学生に直接伝えられるような状況が続くこと自体,面白いわけがない.実験や研究の方針について,昔は僕の意見をよく聞いてくれたのが,今では撥ね付けられてしまう.彼の顔に滲み出た「どうせ私なんか」という表情を見るたび,やるせない思いに駆られる.


でも先生,今のあなたは力を持っておられないのです.教授には「アメリカから戻ってきたらドイツはどうだ.あっちには友人がいるから推薦してやれるぞ」と言われました.ヨーロッパで一度暮らしてみたいと思っていた僕にとっては渡りに船です.是非にでもそこは利用するしかなくて,だから教授に嫌われるような態度も取れません.ですが先生,それを面白くないといわれても,僕はあなたの為に研究をするのではないのです.先生のご機嫌のために,多くのチャンスを犠牲にするわけにはいかないのです.先生のことは好きです.受けた恩も忘れません.でも――


でも,ごめんなさい.僕は,あなたを,置き去りにする以外の選択肢を持たないのです.


そして,将来先生のようになってしまわないためにはどうすれば良いのか,それを考えながら生きていきます.