ポスドクの憂鬱

共同研究者のフェンと昼飯を食った.彼は結婚しており,去年双子が生まれている.子供たちの話をするときは本当に幸せそうだが,ときどき暗い表情を見せる.Too much pressure...と.
彼はこのラボに来て三年目.今年で契約満了である.現在次のポストを求めて就職活動中だが,なかなか思わしくないようだ.ポスドクというポジションについて語るとき,彼の口からはネガティブなことばかりが出てくる.何年も掛けてPhDを取っても,しばらくは「安い労働力」としてコキ使われ,しかも成果を出せなかったら次はない.幼い子供がいるから遅くまで働けないし,その上家族を養わなきゃいけないんだぜ…
ランチが終わってラボに歩いて戻る途中,フェンがポツリと言った言葉は軽く僕を憂鬱な気分にした.
「If I had another chance, I wouldn't choose Biology again...」


昔から思っていることがある.研究者としての理想の姿は,たとえ給料が低くても,子供のように嬉々として自分の研究対象に向かっているものだろう,と.逆に言えば,お金だとか家族を養うだとか,そういう現実の問題に心が捉われた途端,研究者としては何か大切なものが失われてしまうだろうということだ.


僕は,金のために働いているのではない.研究という行為自体が本当に面白いのだ.世の中の誰も考えたことのない領域へ思考を巡らせ,まだ誰も見たことのない真実を見つけ出す.「見つけた!」という瞬間の興奮は勿論だが,その興奮に向かって一歩ずつ,着実に進んでいる感覚を与えてくれる仕事など,他にどんなものがあるというのか.


そして逆説的だが,他の何物にも心を捉われず,我を忘れて没頭することこそが,結果的にまとまった業績を上げ,高いポストを獲得する最善の方法なのだ.僕はフェンに言った.


「You've got married too early, man.」


研究者が若くして結婚しちゃいけない,という意味ではない.フェンのような真面目な性格の人間が早くに結婚してしまうと,責任という名の重圧に心を蝕まれてしまうのだ.