フツーじゃないけど,寧ろそれが自慢

指輪もない.花束もない.夜景を見下ろすレストランでもなければ,雪の降るクリスマスツリーの下でもない.というか,直接会っていたわけでさえない.スカイプで話してる最中に不意に出てきた,プロポーズの言葉だった.

フツーじゃないのは重々自覚している.だが,人はいつから,凝った演出や特別な場所や特別な言葉でなければ,プロポーズが出来なくなってしまったのだろうか.


彼女とは,12月に友人のバースデーパーティで出会ったが,最初にまともに話したのは2月だった.その後何度かデートを重ねたが,彼女は研究が忙しく,会えても月に1〜2回程度.だがそれでも,惚れてしまうのに十分だった.日本を出る2週間前,祇園宵山の帰り道,僕は彼女に好きだと言った.

返事は,保留された.遠く離れてしまうのが不安だと.当然だと思った.同時に,理由はそれだけじゃなく,過去の恋愛で深く傷ついた経験のせいだろうと思った(その予想は当たっていた).

だったら,と思った.受けて立ってやる.遠く離れていたって大丈夫なところを示せばいいのだろう.僕が,彼女の過去に現れたどんな男たちより,圧倒的に信用できる男だってことを見せてやろうと思ったのだ.

「返事は,今度の冬に,けんくんが一時帰国で帰ってきたときまで待ってもらってもいい?」

望むところだった.彼女が僕を選んでくれるなら,1年だって2年だって待ってやろうと思った.


皮肉なことだが,身体が遠く離れてしまってから,心の距離は一気に縮まった.日々交換するメールが運ぶ言葉の量は圧倒的だった.その言葉の一つ一つが,二人の価値観がどれほど一致しているかを示してくれた.まるでお互いがお互いの価値観を一致させるために,過去の経験を積み重ねてきたんじゃないかという気さえしてきた.

スカイプは週末に限っているが,あっという間に6時間,8時間と過ぎてしまう.9月1日,そんな風にスカイプで話していたときだった.突然,彼女が,言った.


「けんくん,冬まで待たなくてもいいかな?」


舞い上がるとは当にこのことだ,と思った.自分からは絶対に返事のことは口にしないと決めていたし,彼女がこんなに早く決断してくれるとは思ってもみなかった.だが,とにかく,熱意と誠意が通じたのだと思った.


「しかし,これ,どーよ?僕ら,スカイプで正式に付き合い始めることになってしもたで?笑」
「あかんかったかな?」
「ううん,思ったことを思ったまんま,ストレートで言えるってのが,いちばん大切やん.」


それから2週間が過ぎて,またスカイプで話していると,「あ,僕の人生はもう決まりだな」と思えてきた.そして,ふとした瞬間に


「結婚しようか」


と口が動いていたのだ.緊張することもなく,ごく自然に流れるように,その言葉は口から出ていた.彼女は一瞬ビックリしていたが,すぐに


「迷うことなくYES!」


と答えてくれた.


スカイプでプロポーズしてしまったことは,多分これから一生笑えるネタになるだろう.だが,出会ってから9ヶ月,最初のデートからまだ半年で,実際に二人で会った回数は8回に過ぎず,告白からは2ヶ月,しかも正式に付き合ってから2週間,そんな短期間でも躊躇なくお互いの人生を決断できてしまえるほどの,恐ろしく歯車が噛み合う相手と出会えた,という事実を作ることができた.こんなの殆ど誰にも真似できないだろうし,映画やドラマに負けないほどロマンチックなプロポーズなんかより,余程ドラマチックで,思い出に残るプロポーズだったと思っている.・・・と彼女に言ったら,

「さすが唯我独尊」

と言われた.任せてくれ,と答えたら,

「そういうところ,かなり好き」

だそうである.


・・・って,うーん,ノロケで締めくくってしまった.