人生とは

 死の恐怖を克服する最良の方法は,(私の考える限りだが)諸君の関心を次第に広汎かつ非個人的にしていき,自我の壁を少しずつ縮小させ,ついには諸君の生命が次第に宇宙に没入するようにすることである.個人的人間存在は,河のようなものであろう.最初は小さく,狭い溝の間を流れ,勢いを増して断崖をよぎり,滝を越えて進む.しかし次第に河幅は広がってゆき,土手は後退して水は静かに流れるようになる.そしていつの間にか海の中へと没入して,苦痛もなくその個人的存在を失う.

 老年になってこのように人生を見られる人は,彼が気に掛け,育んできた事物が存在し続けるが故に,死の恐怖に苦しんだりはしないだろう.そして生命力の減退とともに物憂さが増すならば,休息の考えは退けるべきものではないであろう.私は,自分には最早出来ないことを他人がやりつつあるのを知り,可能な限りのことはやったという考えに満足して,仕事をしながら死にたいものである.
バートランドラッセル−