本当に大切なこと

 前回の続きである.
 僕が彼女に告白したのと同じような時期に,実は他に3人もの男が彼女にアタックを掛けていたという話には,肝を冷やした.しかし時間が経つにつれて,僕は自分の中にある一つの感情が大きくなってくるのを感じた.やがてそれは言葉となって,僕の頭の中で鳴り響く.
僕は四人の中で勝ち残った男だ.僕は,他の男たちも欲しがるほど魅力ある女性を手に入れたのだ.そして僕には,距離のハンデを吹き飛ばすほどの魅力があるのだ・・・
 それらの言葉は,酔い痴れてしまいたくなるような快感を伴っていた.
 だが,自分の頭の中の別の所が,陶酔に浸ろうとする自分に対して警告を出す.これは慢心の罠だ,何か大切なことが抜けている,と.そう,本当に大切なことが・・・
 確かに,距離というハンデをひっくり返して,自分が彼女を勝ち取ったというストーリーは気持ちがいい,だが,それは飽くまでも自分サイドの一方的な見方に過ぎない.大切なのはもう一方の,彼女が僕を選んでくれたのだという見方なのだ.
 確かに,僕に男としての魅力を感じてくれる女性は今までも少なからずいた.だが,身近なところに優しくしてくれる男がいたにも拘わらず,それでも敢えて遠くにいる僕を選んでくれる女性に,僕という人間にそこまで強く魅力を感じてくれる女性に,僕は出会ったことがあっただろうか.少なくとも,今までにはない.そして恐らく,これからも.
 そうだ.彼女に出会えた幸運に感謝しなくてはならない.そして絶対に,僕は彼女の手を離してはいけないのだ.
 そう考えてみたときに,心の中に温かいものを感じた.それは最初の勝利の感覚よりも,よほど幸福なものに感じられた.