バイタリティと,感受性と,知性と,少しの勇気と.

14日,つくばでの新居を決定したあと,つくばエクスプレスで東京へ行き,東京近辺の知人・友人に片っ端から電話を掛ける.
「今東京なんだが,キミはヒマかね?」
相変わらずの突発ぶりだが,それでも2人をゲット.うち1人は3年ぶりの再会である.

その3年ぶりの友人なんだが,3年前に京都で会ったときに,僕は彼女からワリと深刻な相談を受けていた(id:KEN_NAITO:20070129).

当時,彼女の母親は,娘の就職活動にいちいち口を出し,自分がよく知らない分野への就職は反対,娘が面接に落ちれば「それ見たことか,あんたなんかがやっていけるわけがないだろう,だから私の言うとおりにすべきなのだ」と勝ち誇り,娘が言うことを聞かなければ「こんなにお前のことを心配して考えているのに,どうしてそれが分からないのだ!」と叫ぶような状態だったらしい.だが彼女は母親を責めるどころか,「私,自信が持てません.私は我慢の足りないワガママ娘ですか?私は親の言うことを聞けない悪い子なんでしょうか.」と言う.

そんな彼女に僕は言った.とにかく家を出て一人暮らしを始めろ,と.

子に執着し,子をコントロールできないと不安で堪らない親は案外多い.親離れできない子供が問題にされることは多いが,より深刻なのは子離れが出来ない親の問題だ.彼らは平気で子の人生を潰す.そして潰された子は,自分が親になったときに同じことを繰り返す.その心理的な種明かしは簡単なことで,親に対して自由に振舞うことの許されなかった子は,自分が自由に振舞う対象として,無力な子供を食い物にしてしまうのだ.無論,本人にその自覚はない.自分が正しいと思うことを,息子や娘のために教えてやろうとしているのだと信じていて,それが単に支配欲・所有欲を正当化するための欺瞞だとは夢にも思わない.だから親になった子は,「私がお前のことをこんなに考えているのが分からないのか!」と,自分の親と全く同じ台詞を吐くようになってしまう.

そして実際,彼女の母親は,自分の母親(つまり彼女の祖母)から,やはり同じことをされていたらしい.間違いなくすでに螺旋は始まっている.このままだと,彼女は本当に将来自分の子供を新たな犠牲者にしてしまうだろう.その反復の螺旋を断ち切るには,彼女の母親が何を言おうと,彼女は母親の支配圏から脱出しなければならない.不幸の連鎖を継続させていい理由なんかどこにもないのだ.

「でも,一人暮らしを始めるには契約金とかが必要じゃないですか.私にはそんなお金はないし,親は出してくれないし…」

「そりゃお母さんはキミを手離したくないんだから,絶対出しちゃくれないよ.だから今すぐに家を出ろなんて非現実的なことは言わない,とりあえず1年間だけでいいから,まずは地元で働いて金を貯めて,その金で部屋を探すんだ」

そして彼女は,それを実行した.実は必要な資金は半年で貯まったので神戸で部屋を探そうと思ったところ,「実家からでも通勤できるのに一人暮らしなんかする意味がわからない」と相変わらず母親に反対されて保証人にもならないと言われたらしい.それならいっそ東京で,と思い立った彼女は東京の会社にエントリーしまくったそうだ.半年の間に200近く応募して,そのほとんどが書類で落とされてしまったが,何とか1社に引っかかり,今もそこで働いているとのことだった.最初こそ色々苦労したが,地元のいた頃と比べたら全然充実した毎日を送っていると.

それはよかった,本当に,と思っていると,彼女が言った.

「けんさんにはずっと報告したいと思ってました.あのときけんさんがお金を貯めて家を出ろって言ってくれなかったら,今の私はなかったです.」

そんなことを言われて,嬉しかったのである.あんまり嬉しかったので,その夜ヨメさんに電話をして一部始終を語った僕.話を聞いたヨメさんは「ラッセル先生の4条件を思い出すね」と言った.

本当にその通りだと思った.バートランド=ラッセルは,幸福な人間には概ね4つの共通した条件が見受けられる,と言った.その条件とは,まずは好奇心と行動力を支えるバイタリティ,次に自らが不幸な状況にあることを感知するだけの感受性,それからその状況を脱するための方法を考える知性,最後にその方法を実行に移すだけの少しの勇気である,と.

ちなみに

いったん家を出てしまえば,険悪な家族関係も良好になるものだったりするんである.彼女の母親も,「来週東京に遊びに来ますよ,はとバスに乗りたいって」だそうである.