いちばん弟子
アメリカに残してきた後輩と電話で話す.僕と彼女には共通の「困った人」がいるのだが,彼がまたやらかしてくれたらしい.ほんとに困った人である.
だが,電話はその後明るい話題ばかりであった.
彼女は超が付くほど大規模なプロジェクトに関わっているんだが,その先行きについて僕は少々不安を感じていたんである.ところがどっこい.フタを開けてみたらお宝がザックザクの様子である.いやはや,やってみないと分からないものである.
やはり生物のゲノムというのは,恐ろしくダイナミックだ.そのダイナミックさこそが,進化の源なのだなと思い,かなりの興奮を覚えた.話に聞くだけでこうなるのだ.いわんや目の前でそのデータを見ている後輩をやである.まったく,でっかい当たりくじを引きやがったぜ.
二つ目.こっちのテーマは僕が長年取り組んできたのを彼女に受け継いで貰った実験なのだが,僕はアメリカを去るまでに二つの仮説を立てていた.
仮説1.今目の前で進化のブレイクスルーが起こっているという壮大なストーリー
仮説2.平凡なストーリー
仮説1が正解であることを祈りつつ,僕は彼女に夢を託してきたわけだが.
その後,彼女から仮説2が正解だという可能性が高いと考えざるを得ない結果が出たことを知らされた.ああ残念,それじゃさっさと論文書いて片付けてしまうしかないね,あと一つ追加の実験をして,予想通りの結果が出れば完成だ,なんて話を9月にしていたところだったんだが.
その最後の実験で,真逆の結果が出た.これはどう考えても仮説1.うおー,マジかよ.これじゃ全然片付かないじゃないか.やったぜ,やってくれたぜ.
とりあえず今書いてる論文からはこの部分を抜いて出してしまえ,あとでゆっくり調理しろと伝えておいた.仮説1は大きなヤマだが,その分攻略するのもタイヘンだから.
話しながら,あのままアメリカに残っていたら,とちょっと惜しい気もした.だがあのとき僕は,そろそろ彼女が僕以外の人間から学ぶ時期に来ていると思ったんである.実際,まだあれから一年も経ってないのに,既に彼女は僕には絶対に教えられないことを大量に吸収しているのだ.それでいいだろう.
・・・と言うと,何だか僕は彼女のために研究を譲ったみたいなニュアンスになってしまうのだが,実際のところは,嫁が待ってる日本に早く帰りたかったってのが最大の理由です(爆
そして思いがけず,この日本で,僕は僕の宝の山を見つけてしまったわけだ.
まったく,人生とは見通しのつかないものである.
「先の見通しなんて立てるだけムダだよ.絶対に見通したとおりになんかならないから」
と言ったのは確かに僕だけど(笑),改めてそう思った今日の日であった.