夢を語れ。

さきがけの申請書の最後に、特記事項というのがある。志望理由などを書け、と。というわけで、夢を語ることにしてみた。これからの研究に向けてのスタート地点として、ここにも残しておこう。ちなみにVigna属っていうのは、アズキやササゲの仲間です。

 私は、一昨年度まではイネの転移因子に関する研究に携わっており、その成果はNatureやPNASにも掲載されました(Naito et al. 2009, 2006)。その私が、今や学会では非主流派となっている遺伝資源分野に移り、しかもVigna属というさらにマイナーな植物を研究対象としたことに対して、多くの人は驚いたようです。とある研究機関の幹部の方からは、「日本ではイネ・ムギ・ダイズ以外の研究なんて誰も相手にしないぞ」ということを、厳しい口調で言われたこともあります。
 しかし、初めてVigna属野生種のコレクションを目にした時の感動を、私は忘れられません。転移因子の研究を通して生物進化に強く興味を惹かれていた私にとって、それは宝の山に見えました。海岸の砂浜に生えるもの、乾燥した砂地に生えるもの、半湛水状態の湿地に生えるもの、むき出しの石灰岩に直接しがみつくようにして生えるもの…。塩に強いものは3%の食塩水に浸けても2カ月以上生き続け、乾燥に強いものは1か月以上水を与えなくても萎れもしません。石灰岩など、強度のアルカリ性のはずです。そしてゲノムはどの種も550Mb前後、染色体も11本で変わりません。互いにこれほど近縁でありながら、それぞれ全く異なる環境に適応して生き延びているのです。今でも時々、もしダーウィンがこれを見たら何と言っただろうか、と思うような発見があります。
 同時に、この植物なら世界の飢餓問題を救う鍵になってくれるかも知れない、と感じました。元々、受験生だった頃の私が農学部を志望したのは、スーパークロップを作って食糧問題を解決したい、などという青臭い夢を見たことが理由でした。その後、多くのバイオ技術が様々な問題に直面しているという現実を知るようになり、いつしか基礎の研究で身を立てていこうと思うようになっていました。しかしVigna属の植物たちは、私に昔の、その青臭い夢を、思い出させるのです。
 適応性や抵抗性だけなら、他にも優れた種は沢山あることでしょう。でも大抵の場合、そういう植物は硬くて小さくて、それを農業に応用しようなど想像もできません。しかしVigna属ならば、たとえ野生種であっても、その多くが牧草になるだけでなく、ヒトが直接食べることもできます。それは、これらの野生種をそのまま利用できるということですが、もっと大切なのは、この植物たちに備わっているメカニズムなら、他の農作物に応用しても、その作物らしさを破壊してしまうことにはならないだろう、ということです。
 もし、このVigna属の野生種がもつ適応・耐性機構を解明して、そしてそれらを組み合わせた作物を作ることができたら…? そう思わない日はありません。世界全体の農地の総面積は15億ha。そのうち灌漑農業ができるのは2.3億haだけです。つまり、残り13億haは降雨が頼りで、当然ながら化学肥料も農薬もない状態で農業を行っている、ということです。そういうところで、10%でも生産性を上げることができるなら…?そういうことを考えていると、ついワクワクしてしまいます。その一方で、やはり青臭い夢に過ぎないのかも知れないと思うこともあります。しかし遺伝資源分野というのは、かつて緑の革命を起こしたノーマン・ボーローグや、その弟子で、国際的なジーンバンク事業を推進したベント・スコウマンといった偉大な先人たちが働いていた分野でもあります。そして二人は間違いなく、世界を飢えから救うという理想を掲げて活動を行っていました。今、彼らと同じ分野にいる私が、彼らと同じ夢を見てはいけない、ということはないはずです。
 今回の私の研究計画は、想定されている募集内容に100%一致するものではないかも知れません。しかし、Vigna属遺伝資源が秘めている可能性を世に見せつけるという点において、この研究はまさに世界に先駆けているということには十分自信があります。また、農学系で公募が出ている研究助成などを見ると、どうしても日本の農業問題にテーマを絞ったものが多いと感じていましたが、JSTさきがけならば、という期待は持てる気がしました。
 以上の理由により、私は今回の応募を決意しました。どうぞよろしくお願い致します。