あのときのこと

予備校時代、いつも一緒に行動していた10人ちょっとのグループがあって、その中心には医学部志望の3浪生、Tがいた。男女ほぼ同数で、女の子たちもみんな可愛かったので、まあ、ビバリーヒルズみたいなことになってたわけだけど。僕もある女の子Mが気になっていて、駅までその子と並んで帰る時間が楽しくて仕方がなかったんだけど、結局そのコはTにもっていかれた。まだまだ女の子の扱い方を知らなかった、18の日々。

受験勉強しなきゃいけない時と場所で何をやってたんだって感じだけど、恋愛とか友情とか、いわゆる青春ってやつをいちばん謳歌していたのは間違いなく予備校で過ごした1年間だった。

で、受験は意外なほどみんな合格できて、3浪だったTも九州のとある大学の医学部に無事入学した。しばらくして、TとMの関係は恋人から、将来を約束する間柄へと発展していた。僕はといえば、大学で女の子を引っ掛け損なってばかりいたんだけど。もう少し力を抜けよ、あの頃の僕。

そして大学に進んでから3年目の夏。8月24日、偶然にもTの24回目の誕生日の日に、Tは死んだ。
オーストラリアを旅行中、運転していたレンタカーが路上の砂利を踏んでスリップ、横転した。かなりスピードを出していたらしく、衝撃でTの首は折れた。即死だった。

最悪だったのは、その車の助手席にMが座っていたことだ。幸運にも彼女は軽傷で済んだが、それはつまり、彼女の目の前でTが死んだ、ということだ。彼女自身も医者の卵で、動かなくなったTを車から引きずり出し、救急車が来るまで心臓マッサージをしていたらしい。あまり、思い描きたくない光景だ。

通夜と葬式には、当時の仲間全員が終結した。そしてそこには当然、Mも。あのときほど「どうしていいか分からない」と思ったことはない。僕の心は、彼女に何か声を掛けなければと焦り、でもどんな言葉を掛ければいいのか全く分からなくて、ただ、見てるしかなくて、そして本当に一言も掛けられないまま帰路についてしまった自分が情けなくて堪らなかった。自分の部屋に帰って、さめざめと泣いた。

そのとき、誓ったんだよね。Tの死と、この後悔の気持ちは、生涯忘れまいと。

ちなみに

僕とMとの間にはその後いろいろあって、詳しいことは半分小説仕立てで過去の日記に書かれています。気になる人は探してみてね。キーワードは、オトシタカケラ。でも、恋愛絡みではないのであしからず。

もひとつちなみに

Mは現在2児の母です。時は流れるもんです。