いちばん弟子のこと3

もし本当に彼女が違う道を歩むことになってしまったら、と思うと、切なくて堪らなくなってしまった。彼女が研究室見学に来てから今まで、涙を流すほど爆笑したことや、実験のデータに大興奮したり、この先どんな実験をすべきか悩んだり、そんなことが何度あったろう。でもこの先、彼女と会うことがあっても、思い出話に花を咲かせることは出来ないのだと思った。仮に僕が過去の思い出について触れたりすれば、彼女が道を変えたことを責める意味を持ってしまう。「あんなに面倒みてやったのに、恩知らずなヤツだ」という意味を、彼女はどうしても読みこんでしまうだろう。喩え、僕自身に、そんなつもりがなかったとしても…。くそっ、なんてこった。

僕が彼女に何度も言った言葉が、何度も頭の中を巡った。
「将来二人でスゲーことやろうぜ。そして、周りから『あの二人が出会ったことが奇跡や』って言われるんや」
あの頃、あんなにハッキリと思い描いていた未来は、今、儚く消えようとしているんだと思った。

彼女は、就職活動を始めた。もともと天真爛漫な性格で、そこにいるだけで雰囲気が明るくなってしまうような人柄のせいもあったと思うが、かなり順調に進んだようで、複数の企業や機関から、それほど苦労せずに内定か、それに近いところまで進んだようだ。

ただ、研究職の方も、出身ラボの教授からも「とりあえずここに応募してみたらどうだ」と言われた大学のポジションがあって、先方からは書類を出す前に一度その大学まで話を聞きに来てくれということだったので、彼女はこの夏休みで一時帰国した際に、足を運んでみることにしたらしい。

そして、ビックリするようなことが起こった。その訪問の後、彼女から電話が掛かってきたのだが、その声はかなり弾んでいる。
「内藤さん、うち、思い出しました。研究って本当に面白いものなんだって。向こうの先生が考えてる研究テーマの話を聞いていたら、めっちゃおもろいとか思って。帰りの新幹線の中で、ずっと考えてしまいましたよ。ああしたらいいんじゃないか、こういうアプローチならうちにもできるなぁ、とか」

とりあえず、良かった、と思った。彼女はどうやらこの世界に留まってくれそうだ。それにしても、人生とは、本当に分からないものだ…。