ラッセルの幸福論「バランス感覚」

我々は、ともすれば不当に興奮したり、緊張したり、自分の住んでいる世界の片隅の、ほんの束の間の出来事の重要性を不当に過大評価しがちである。だがこうした過大評価には望ましいことなど何一つない。
 確かに、そういった興奮は我々を一段と懸命に働かせるかも知れない。しかし、それがより良い仕事だとは言えないだろう。良い目的に向けて少し働くこと方が、悪い目的に向けて全力で働くことよりも優れているからだ。もっとも、努力の信奉者たちは、そうは考えないようだ。自分の仕事のことばかり気に掛ける人々は、常に狂信に陥る危険に曝されている。狂信とは、正当性のある根拠を1つか2つだけ取り上げ、他の全てのことを忘れてしまうことである。この1つないし2つのことを追求するにあたっては、他の種類の害が生じても大したことではない、と考えてしまうのだ。こうした狂信的な気質の予防には、宇宙における人間の位置を思い出すのがいちばんである。 

仕事のために家族を犠牲にしちゃダメよ、と。逆に、恋やら酒やらに溺れて仕事が犠牲になってもダメよ、と。喩えあなたが、これで世界を救えると信じている研究に携わっているとしても、世界を救うために身近な存在を犠牲にするようでは、いけないのだ。