vol.3

実際,彼女は予備校時代の仲間の多くがもう信用できない,という意味の言葉を口にした.ワタクシは悲しく,そして寂しくなった.集まれば必ず楽しいことになるはずだった仲間.そのうちの1人は既に二度と戻れない所へ逝ってしまった.そしてワタクシらは,同時にもう1人の仲間を失ってしまうのだろうか.あの日以来,ワレワレと,彼女の心はどこまで遠く離れてしまったのだろう…
だが,そんなことよりもまず最優先しなければならない問題があった.彼女は生きる気力をほとんど失っていたのである.当時の彼女を支配していたのは,死への誘惑だけではない.それは「人の生そのものへの疑問」にまで膨らんでいた.彼女は医学部にいたが,それは勿論,医者になることを目指していたからだ.だが当時の彼女が口にした言葉といえば,
「人間どうせ死ななあかんのに,治療で命を延ばしても仕様がない気がする」
「技術の進歩とかで治せる病気が増えてるけど,結局寿命が延びればガンとか,また新しい病気が出てくるだけやん.」
「医療技術に限らんでも,科学が進歩したせいで出てくる問題っていっぱいあるやん?そんなことの繰り返しばっかりで,人間の歴史に意味なんてあるんかなぁ…」
彼女の言葉に反論を加えるのは難しいことではない.だが,たとえどんなに分かり易くてスジの通った理屈を述べたところで,彼女に生きる気力を与えられるワケはなかった.上記のような彼女の考え方が,彼女の気力を奪っているのではなかったからだ.気力を奪われたから,考え方が変わってしまったのだ.そして彼女の気力を奪うもの.それは…考えるまでもなかった.そして,それは,もう,二度と…
死んで欲しくなかった.この時ほど,誰かに,生きていて欲しいと願ったことはなかった.ワタクシはそれを伝えようとはした.だがワタクシが発したコトバは彼女をすり抜け,彼方へ消えるだけだった.生きて欲しいというのは飽くまでもワタクシの個人的な希望に過ぎない.彼女は,今の苦しみに耐えてまで生きなければならない理由が,存在するのか…?そんな疑問が何度も頭をよぎった.「生きていればいいことがある」というのは一般的には通用するかも知れないが,彼女に対してはタダの無責任なコトバとしか思えなかった.
結局何もデキないんだな,オレは――.だがその事実を甘んじて受け容れるには,当時21歳のワタクシはまだ若すぎた.
…続く