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母が戻って来て,伯母はもう一度同じ言葉を繰り返した.母は否定しなかった.最後に,祖母が弱々しい,蚊の鳴くような声で言った.


「みんな仲良うして欲しいわ…」


伯母達が帰った後,ワタクシは1人自分の部屋に篭った.電気もつけずに椅子の上にぼんやり座りながら,父の葬式が執り行われた後の,夜のことを思い出していた.


あの晩,少し遅めの晩御飯を食べながら,皆で冗談を言いながら大声で笑い合っていた.父がいなくなっても,と,15歳だったワタクシは思った.絶望したりせずにこれだけ楽しく過ごせるのは,この人たちがいるからなんだと.これが家族なんだと.


それが――


伯母の言葉が,頭の中で何度も再生された.父の姉が,母を,恨むと言った.母が,父の母を置いてMさんに会いに行ってしまったのは,どうやら事実らしかった.小さく縮んでしまった祖母の姿が,消えなかった.伯母達にとって今の母は,もはや内藤家の外に置かれるべき存在だった.母にとって今の伯母達は,障害でしかなかった.父が生きていた頃は,あんなに助け合っていた筈なのに….伯母の葛藤は想像できた.母の苦しみも,よく分かった.
ワタクシは二年ぶりに家族の所へ帰ってきた筈だった.だが,どこに帰ってきたのか分からなかった.こんなところじゃない筈だった.過去の記憶が,ぐるぐる,ぐるぐると,何度も巡った.


再び記憶が先程の伯母の言葉に飛んだとき「去年の八月」と伯母が言ったことに思い当たって,ギクリとした.母は学習塾をやっていたが,八月は受験生の夏期講習のため,一年で最も忙しくなる.ワタクシが学部生だった頃は――茨城の研究所に出向する前は――ワタクシも家の仕事を手伝っていた.だがワタクシは地元を離れた.要介護の祖母を世話しながら1人で稼業を経営する,というのは母にとって相当の負担だっただろう.そこへ伯母達の重圧も加われば尚更…


もし,自分が茨城に出て行かなければ――


そこまで考えた時に,頭の中で「それ以上考えるな」という声がした.


もし自分がずっと京都にいたならば,最悪の事態は免れたんじゃないのか――?


自分が今まで積み上げてきたものが消滅するのを感じた.急速に活動のエネルギーが抜けていった.暗い部屋の中で1人,頭を抱えていた.


…続く