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四月になって母が家を出てMさんと生活を始めると,ワタクシは家に1人になった.弟が就職し,母は再婚し,そして自分はアメリカへと,それぞれが自分の道を歩んでいく筈だったのが,自分は道を見失って,取り残された感じがした.
大学へ出かけても,植物に水をやるくらいで他に何もやる気がしなかった.帰宅するのも苦痛だった.自分が帰るといつも尻尾を振って迎えてくれていた犬も,1月に死んでしまっていた.大学から戻って車を降りると,空っぽの犬小屋に目が行ってしまう.その度に記憶のに残っている犬の映像が頭の中で再生されて,やり切れない気持ちになった.
夜がいちばん苦痛だった.布団に潜っても眠れない.「あんたのお母さんを恨んでるねん」という伯母の声.小さく縮んだ祖母.伯母達を責める母の声.それらの記憶が,過去の,この家が温かかった頃の記憶を呼ぶ.その中心にあった父.灰になった,父.


畜生,こんな家――


何度も火を付けてやろうと思った.全部灰になってしまえばいいと思った.そして,自分も燃え尽きて灰になるところを想像した,父と.同じように――.
家族が崩壊し,実験も手に付かない.生きる意味が,分からなくなっていた.


五月のある日,耐え切れなくなって,昔の彼女に電話をした.


彼女とは,予備校で出会い,その後間もなく親友呼べる間柄になった.別嬪だが真面目で気が強く,プライドが高い.一般的には近寄り難い雰囲気の女性だったが,何故かワタクシとは話が合った.そしてそのうちに,何かあったらお互い真っ先に話すようになった.大学院の入学試験をトップで通った時,ワタクシと父との関係を知っていた彼女は,本当に喜んでくれた.


「ケン,まるで自分のことのように嬉しいよ」


この人は,と,その時思った.


この人は,自分にとって一生大切な存在になるだろうな――


大学院に進学して茨城に出向してからは,東京にいた彼女と会う機会が増えた.一旦,二人は友達以上になった.しかし,昨年に別れてから関係がおかしくなった.連絡も滞りがちになり,たまに電話やメールの遣り取りをしても,お互い素直になれなくなっていた.


…だけど――


別れ話をした時の,彼女の言葉を信じたかった.


「ケンは本当に大切な友達だったし,私,ケンを失いたくない」


それだけが,頼りだった.

…続く