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2004年3月――.いよいよアメリカに発つ時が来た.この一年の間に,全てが変わった.一年前のあの日は,自分の人生なんて砂の上に石を積み上げようとしているだけなんじゃないかとさえ思った.積み上げては崩れ,積み上げては崩れる…その繰り返しに過ぎない気がした.でも,それから一年たった今の自分は,どうだ.アメリカでどんな経験が積めるか,どんな人達に出会えるか,ワクワクしているじゃないか.確かに何が起こるか分からない.アメリカにいる間にまた大切な人が死ぬかもしれないし,取り返しのつかない事態が起こるかもしれない.だが,自分の過去を振り返って,自分の人生が呪われてるかのように感じるのは非合理なことだ.卵を10ケース買ったとして,たとえ最初の1ケースの卵が全部腐っていたからと言って,残りの9ケースも同様に全部腐っているという合理的な理由はない.人生だって同じだ.先のことは,開けてみるまで絶対に分からないのだ.
悪いことだってあるだろう.でもそれも永遠には続かない.実際に一年前の出来事は人生最悪の事件と言っても良かったが,半年後には前を向いていた.人生なんてそんなものだ.


携帯が鳴る.親友だった「彼女」からメールが届いたのだ.内容の一行目を見て,苦笑した.


「けんさん」


さん付けかよ――


随分と距離ができてしまったものだと思った.もう,彼女とは二度と会わないだろうと思ったが,特に何の感慨もなかった.
空港に向かう間中,次々とメールや電話が届く.そう,自分には既に沢山の新しい仲間がいて,彼らを頼りにして生きていくことができるのだ.


飛行機に乗り込んだ.とうとう出発だ.離陸して上昇していく飛行機の座席で,ジム=ロジャーズの言葉を小さく呟いた.

死なないこと.楽しむこと.世界を知ること.

――ジム=ロジャーズ


どうやって楽しむか.どうやって世界を知るか.それが,自分の,希望なんだと思った.