お寺は、境内に保育園を併設していた。彼女の母親は生前保母としてここで働いていたらしく、お墓もここの墓地に建てさせてもらったのだという。運動場で遊びながら親の迎えを待っている子供達や、迎えにやって来た母親達の横を抜け、裏の墓地に向かった。京都市内によく見られる小ぢんまりとした墓地だが、雑草や落ち葉が見あたらないほどよく手入れされている。ワタクシは水道で桶に水を汲み、彼女の後に従った。


「両隣は母が昔見てた園児らしいわ」


そう言いながら、彼女は真新しい墓石に向かい合った。彼女は昔から、自分の母親を「母」と呼ぶ。ワタクシは花筒に挿されていた古い花を抜き、中の水を捨てながら訊いた。


「いくつやったん?」
「右の子は二十歳って言うてはったかな… 左の子はダウン症やったらしいわ」
「二十歳、か…」


彼女が付き合っていた「彼」よりも若かったのかと、隣の墓石を眺める。彼女の母のものよりも更に新しい。


「ずーっと遺骨を家に置いとかはったんやけど、こないだお墓に入れる決心しはったらしいわ」


そういえば、死んだ「彼」の遺骨も、彼の両親は未だに家に置いている。今の時代に魂、あるいは何か霊的なものの存在を信じている人は多くはない。科学的には生命活動の停止した人間の体はすでにただの物質でしかないことも疑い得ないと思う。しかし法律以前に、死者の身体を単なる物体として扱うことに抵抗を感じない人はほとんどいない気がする。死者や遺骨や遺灰、あるいは墓を通して――人は死に向かい合うとき、何かを感じる。何を感じているのかは多分誰にも分からない。ただ、何かを感じている自分があるということなのだが、それが何だか不思議な感じがした。


そんなことを考えながら、墓石に水をかけ、花筒に新しい花を挿して線香を焚く。立ち上る煙を眺めていると、彼女が言った。


「けんくんはお父さんのお墓参りしたりせえへんの?」
「んー、せえへんなぁ」


だってさ、と理由を言いかけたが、やめた。「所詮、灰でしかないからな」という、普段自分が使っている理由が、今自分が考えていたことと全く合わなかったからだ。黙って、線香を眺めた。彼女も特に何も喋らない。きっと母親のことを考えているのだろうと思ったが、敢えて聞く必要もない。話したかったら、話すだろう。自分がさっき考えていたことも、彼女にとってはあまり関係がないことだ。


「じゃあメシにすっか」
「うん」


立ち去り際に彼女は墓の前で手を合わそうとしたが、両手に荷物を持っていたせいで両手ともグーになってしまった。


「何やそれ。グーはアカンやろ」
「ええやん、もー、荷物があんねん」


そう言いながら、彼女は少し笑った。


・・・続く