丁度夕方の開店時間である午後六時に、AL MATSUOに着いた。ワタクシらは二組目の客だったが、それから10分もしないうちに全てのテーブルが埋まってしまう。大した人気だと思った。美味いいから当然なのだが。


普段外食に使うような店とは段違いに丁寧な対応をするウェイターに注文を頼んだ後、先週会議のために東京に出張していたという彼女の話を聞く。東京は人が多いとか、物価が高い、特にレストランは値段ばかり高くて全然美味しくないとか、そんな話で始まったのだが、そのうち横浜で働いているHの話になった。Hはワタクシらの予備校時代からの共通の友人だが、最近は仕事のストレスがかなり溜まっているらしい。


「けんくんもHに仕事辞めろって言うたってよー」


という彼女に、ワタクシはそれはどうかと思う、と答えた。確かに前回Hと会ったときも、彼は仕事が不満だと言っていた。好きなことができないとか、自分を認めてもらえないとか、そんなことだ。だが、正直言ってまだ働き出して二年にもならない社員に対して、好きなように仕事をさせたり、信用を与えたりするような企業なんて普通はないと思った方がいいんじゃないのか。本当にやってみたい企画やアイデアがあるのだったら、まずは周囲の信用を得ることから始めるというのが妥当だろうし、信用さえ築いてしまえば「お前がそう言うなら、やってみろ」とか言ってもらえるんじゃないだろうか。要するに、二年目でしかない人間の「認めてもらえなくて詰らない」という不満が正当なものだとはなかなか言えないと思う――
そんな意味のことを話すと、


「あー、そうやなぁ」


と彼女は同意を示し、今度は自分の話を始めた。


最近重度の患者が入院して来たのだが、その病気に対する治療方法について上司と相談しなければならなかったのだが、上司が自分が若かった頃の常套手段でいこうと言ったのに対して、彼女は新しい方法をやってみたいと言ったらしい。でも上司は自分がバリバリ臨床をやってた頃の方法しか知らないのは仕方がない、といくつかの資料を見せながら、その病気の治療法が現在変わりつつある、と言ったらGOサインを貰えたそうだ。


「へえ、やるやん」
「けど、去年までのわたしやったら、自分の意見は認めてもらえんかったと思うわ」
「ま、そんなもんやろ?」
「そやなー」



と話しているうちに、最初の料理が運ばれてきた。


…続く