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電車に揺られながら、しかし、今から祖母に会ったのでは遅すぎると思った。祖母は倒れてからずっと昏睡状態が続いている。脳のダメージは進行するばかり。大脳がやられれば意識の働きもなくなる。それはつまり、「彼女の世界」が既に消滅してしまっていることを意味する。外見上は寝ているように見えても、ただ寝ているのとは違う。恐らく祖母はもう、夢すら見ることがなくなっている。


祖母に最後に会ったのは4,5年ほど前だった。それはつまり、「祖母が構成する世界」の中のにいるワタクシは、その時のまま、消えてしまったということだ。祖母の世界の中のワタクシは、アメリカに行くこともなく、初めての論文を国際ジャーナルに掲載することもなく、髪型を変えることもないままだ。今から自分が祖母に会っても、再び祖母が目を覚まさない限り、祖母の世界は変わらない。だがその世界はもう、彼女の意識とともに消え去ってしまっているのだ。


やっぱり、遅すぎる――


後悔と、そして寂しさを感じながら、父方の祖母のことも頭に思い浮かべた。彼女の方も痴呆が進んで、既に記憶を時間軸に沿って並べることが出来なくなっている。最愛の息子を亡くしたという事実さえ、彼女の中では曖昧になってしまった。外から見る限り、それは痛ましく見える。しかし「他人から見られる自分」というものを除外して考えた場合、どうだろう。人は少なからず「忘れたい記憶」を抱えながら生きている。それを本当に忘れてしまえたら――


それは決して不幸なことではない。しかしだからと言って、幸福でもないだろう。忘れた途端、「忘れられたらどんなに幸せか」という願望も成立しないからだ。


そんなことを考えている自分が自分でバカバカしくなった頃、電車は東福生に到着した。無人駅だった。



・・・続く