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その部屋の光景を、拒否したかった。でもそれは、現実だった。こういうものか、と思った。最期とは、こういうものなのだろうか。結局人間は年齢と共に衰えて、行き着く先はこんなところでしかないのだろうか――


血の気が引いていくのを感じた。血は下がっていくのに、頭は激しく回転した。


自分を過大評価せず、他人と比べて自尊心を満足させるような真似は避け、今を楽しみながら生きていれば幸福な人生が送れるものだと思っていた。だが、最期がこんな、何の希望も見出せないような場所で終わってしまうのだとすれば・・・。そして体力が衰え、寝たきりになり、自分の意思表示すらままならないような状態になれば、ここに送られてくることに抵抗することは不可能なのだ。どれくらいの人が、と思った。


一体どれくらいの人が、こういう場所へやって来るのだろう――


今まで自分の全く知らなかったところに、恐ろしい数の不幸があったのだと知った。そして、思った。あと五十年もすれば、この中の一員となっているかも知れない。しかもその可能性は、決して低くないだろう、と。


そんなことが頭を駆け巡っていると、一人の医師が入ってきた。


「お薬、投与させてもらいますね」


と言い、祖母の鼻から挿入されているチューブに、注射器で薬を押し込む。祖母は相変わらず微動だにしない。


「もう行くか」


母にそう言われて時計を見ると、まだ部屋に入ってから三十分しか経っていなかった。でも、もう充分だった。


「ん」


と力なく返事をして部屋を出て行こうとした、その時だった。あぁ、あぁ、と苦しそうな息を続けながら、言葉にならない声を発していた男性が、はっきりと聞き取れる声で、ワタクシを見ながら言ったのだ。


もういっかい――と。


殴られたような感じがした。彼は今、呼吸すらままならないその状態で、何を思っているのか。どんな時を、どんな瞬間を、思い出しているのか。


もう一回・・・
もう一回・・・
・・・何を?


もういっかい。その言葉はワタクシの耳に突き刺さったまま、何度も、何度も、頭の中に鳴り響いていた。まるで、呪いのように。


…続く。