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病院を出てから母と別れて、渋谷へ向かった。その夜は知人ら数人と会う約束があったのだ。余りに憂鬱だったのでキャンセルしようかとも思ったが、できることなら気分を変えたかった。


しかし中央線の座席に揺られている間も、声はずっと消えなかった。もういっかい、とあの男性は確かに言った。もう一回、彼は何をしたかったのだろう。もう一回、元気に歩き回ってみたかったのだろうか。もう一回、孫の顔を見たかったのだろうか。もう一回、連れ添った片割れとの一時を過ごしたかったのだろうか。もう一回、昔の仲間と語らってみたかったのだろうか。でも結局それが何であったにせよ・・・


彼にはもう一回は、ない――


ワタクシが部屋にいる間中ずっと着物や布団の端っこをいじっていた女性の目が脳裏に浮かぶ。あの目には希望がなかった。いや、あの部屋に希望がなかったのだ。五十年後の自分が、あの部屋のベッドに横たわっている様子を想像して、ぞっとした。


電車が都心に近づくにつれ、電車の中にも若さと活気のある雰囲気に変わってきた。だが期待とは裏腹に、ワタクシの気分は一向に改善されなかった。それどころか、自分の中で何か違和感のようなものが大きくなっていくのを感じた。そして渋谷に着いたとき、その違和感は決定的なものとなったのだった。


…続く。