解消
昨日,広島行きが流れたあと,僕は自分が想像できないほど落ち込んでいることに気付いた.何週間も前から楽しみにしてたことが流れたのだからガッカリするのは仕方がないにしても,笑って済ませられないほど暗い感情が起こってきて,どうしてもそれをコントロールできなくなってしまったのだ.しかも頭の中に浮かんでくる言葉といえば,「みんな行きたいっていってたくせに」とか,「スケジュールを調整した俺の身にもなってみろよ」とか,あからさまに子供じみたものばかり.それで一人ひとりがキャンセルした理由をもう一度思い起こしたんだが,「木曜のはずだった友達の結婚式の二次会が土曜に変更になってしまった」とか「海外の友人がいきなりやってくることになって,今度いつ会えるか分からんからそっちを優先する」とか,仕事とか,やっぱり仕様がないものばかりである.それで落ち着くと思ったんだが,僕の感情はまるで聞き分けのない子供のように癇癪を起こす.こういうときは・・・
自分の感情が駄々をこねるとき,それは多分,幼い頃の記憶と関係している.
「そんなこと言ったって,行きたかったんだよ僕は」
そう独り言を呟いてみると,その途端に子供の頃に地元の遊園地へ向けて家族で出かけたときのことが頭に浮かんできた.家族四人が車に乗って出かけたものの,途中から大渋滞で,親父がそこで諦めてUターンをした.確かそのとき,僕は火のように泣いたのだった.そこからは次々と記憶の連鎖が起こる.
子供の頃は戦国時代の城が好きだった.日本中の城郭を載せた図鑑を繰り返し繰り返し眺めては
「お父さん,松本城がかっこいい.今度連れてって.」
「お父さんが元気になったらな」
「約束やで」
熊本城も,松山城も,小田原城も.約束だけは沢山あった.白血病で二ヶ月に一度は無菌室に入っていた親父が,果たせるようなものではなかった.いや,親父が最大限努力してくれたことは間違いない.体力に余裕があるときはむしろ親父の方が出かけたがったくらいだったからだ.お陰で僕は,大阪城も姫路城も名古屋城も,他にも少なくない城や城跡を見ることができた.でも・・・
「お父さんまた入院することになった」
「何でよっ.今度○○連れて行ってくれるって言うたやんか!」
「退院したときに行ってやるから」
そんなことが何回あったっけ・・・.
もう一度今の自分を考えてみる.グルメ部にせよ何にせよ,僕は自分が運転をして,友達とか後輩とかをどこかに連れて行くことが好きだ.それはいつか自分の「とにかく人を楽しませるのが好きだ」という性格の表れだとのみ解釈していた.でも,ちょっと違ったのかも知れない.もちろんこの性格と全く無関係な筈はない.でも,実は僕は「連れて行ってやりたい」のではなく,「連れて行って欲しかった」のではないだろうか.他人を連れまわすことで,子供の頃に満たされなかった欲求を満たそうとしていただけかも知れないのではないか.
そう考えた瞬間,あれほど激しく暴れていた僕の感情が,ピタリと静まった.一つの自分に気付き,傷が解消されたときの感覚はいつもこんな感じだ.やっぱり幼い頃の記憶が関係していたようだ.
やれやれである.こんな傷がまだ残っていたとは思いもしなかった.正直言って,親父に関する傷はもう残ってないと思ってたのだが,今こうして出てきたということは,まだ随分と残っているのかもしれないが,気付く度に一つずつ解消していけばいいのだろう.その作業は死ぬまで終わらないような気がするが,人生なんてそんなものでいいだろう.