遠距離について2
さて、昨日の続き。
僕の嫁は先日まで看護学科の教員をやっていて、だからメインの仕事は、看護学生の実習指導である。実習期間中、学生たちは6人のグループに分かれ、3週間ずつ、内科や外科など病院内の各部署を回っていく。教員は、学生と一緒に回るんじゃなくて、一つの部署を担当する。だから3週ごとに学生たちは入れ替わっていくわけなんだが。
で、以前に僕は嫁に、山本五十六の「やってみせ 言って聞かせて させてみて 褒めてやらねば 人は動かじ」という歌の話をしたことがあったんだけど、嫁はこれが物凄く気に入ったらしい。自分が看護学校や大学院にいたときは、指導自体もいい加減な上に、叱ったり怒ったりする人ばっかりだったけど、本当にやる気を出させるには褒めることよね!と。
それで嫁は、学生に対してとにかく懇切丁寧に教えることを心がけることにしたらしい。患者さんに対するときはどういう点に注意をしなければいけないか、レポートを書くときにはどういうポイントに気を付ければ他人が読んで分かるものが書けるか、などなど。もちろん、学生が取り返しのつかない事態を招きかねないミスを犯したときには厳しく注意し、そして、あとは徹底的に褒めた、と。まだ合格点には至らなくても、昨日より進歩が見られれば、それだけでも褒める。何の取り柄もなさそうな学生に対しても、何でもいいから褒めるところを探したらしい。字が綺麗とか(笑)。
そんなこんなで、嫁が担当した学生たちはみな口々に「こんなに褒められたの、人生で初めてです」と言いながら、でも狙い通り、相当にやる気がアップしていたらしい。6週間が終わる頃には「もっと早く先生の実習を受けていられたら、前の部署でも何を学ぶべきかがよく分かったのに」と言ってくる生徒も、何人もいたようだ。その度に、嫁は嬉しそうに「またこんなことがあったでや。けんくんが山本五十六さんの話をしてくれたお陰や」と電話で話してくれて、それを聞いている僕もまた嬉しくなったりしてたんだけど。
あるとき、こんなことがあった。嫁が不満げな感じで電話をしてきて、
「今日から始まった学生たちはほんまにあかん。死ぬほどやる気がないねん。全員が全員、『成績なんて可をもらえたらいいんで』とか言って、何もかも中途半端にしかせーへんねん。こんな学び方で看護師になってしまったら、将来ほんまに患者さんを殺すような事態になってしまいかねんで。けんくん、アタシ、今度ばかりは怒ってもええやろうか?」
と言う。僕は、うーん、そうか、でもやっぱり、北風よりは太陽の方がええんちゃうかなー、と言った。知ってるやろ、北風と太陽の話。どっちがマントを着てる人のマントを脱がせられるかって話やけど。まあさすがに、いつどんなときでもこの話が通じるかっていうと、そんなことはないだろうけど。
そのときの嫁は、僕の話に「そうなんやろうか・・・」とあまり納得できない様子だったのだけど。
それが、翌日の電話では、嫁の声がえらい弾んでいる。
「昨日けんくんが言った言葉を何回も反芻してたら、やっぱり北風より太陽かもと思って、今日は学生さん一人ひとりといっぱい話をして、とにかく褒めまくったったん。そしたら、みんなえらいやる気になって帰っていかはったわ。けんくんのお陰やで、ありがとー!」
僕はビックリしたと同時に、こう思ったのである。こんなに僕のことを信じてくれる人はいない、と。僕の言葉を、興味深く聞いたり読んだりしてくれる人なら、結構沢山いる。でも、それを行動に移してくれる人って、ほとんどいない。だけど彼女は、本当に実践してくれて、そして僕が今まで培ってきた経験や知識や知恵が、こんなにも誰かの役に立つのか、と思わせてくれる。男として、こんなに嬉しいことが、他にあるだろうか。
こういう体験を、僕と嫁は4年も前から何度も何度もしてきたわけです。そりゃ結婚するでしょ。いくら距離が離れていよーがさ。
で、だから、遠距離をするんだったら、とりあえずこういう類の前提が必要だと思うわけです。お互いがお互いをかけがえのない存在だと思ってるっていう前提が。でも、その上にあぐらをかいてしまったら、やっぱり続くものも続かなくなってしまうこともあるわけで。だから、そうならないためには幾つかのコツを抑えておいた方がいいよね、となるわけで。
それについては、また明日。