いちばん弟子のこと4

そのようなわけで、彼女はアカデミアの道を進む方向で落ち着いたわけだが、でも、だからと言って、僕は「ああよかった」と胸を撫で下ろしていていいものだろうか。

彼女を追い詰めてしまった原因は、父親の急死、それとボスの強烈なプレッシャーだ。前者はどうしようもなかったとして、後者については、他にポスドクが一人でもいれば緩和されていたはずで、だからもし僕がもう1年でもアメリカに残っていれば、回避することができた問題だ。

とはいえ、僕には帰りを待ってる嫁がいたし、日本でポスドクより上のポジションをゲットすることもできた。そしてライフワークになると思えるほどの研究テーマに巡り会うことまで出来てしまった。正直言って、あの時点での僕自身にとっては、あのままアメリカに滞在していたなんて選択肢はあり得なかったろう。

つまり僕は、自分は間もなく帰国するつもりでありながら、彼女をアメリカに呼び寄せたわけだ。それは、最後まで責任を持つことが出来ないのに、彼女を巻き込んでしまった、ということではないだろうか。

それはやはり、師匠としては失格なのではないかと思う。

今までは、誰かに彼女を紹介するときはいつも「コイツはオレのいちばん弟子や!」なんて言っていたけれど、今の僕は、自分にそんな資格があると信じることが出来ない。

今回のことは、だから、一生忘れないようにしようと思う。「悪しき結果に終わったことの多くは、そもそもは、よき動機から発していたのである」と言ったのはカエサルだけど、ここから学ばなくては、将来、人を育てることなんて出来はしないのだろうから。