友よ、力を貸してくれ!

去年からずっと声を掛けている友人がいる。学生時代の同期、といってもいいのだろうか。彼女の所属は岐阜大だったけど、指導教官が京都の某研究所に移ってきて、でもそこには学生用の席がないから京大で預かってくれ、みたいなややこしい感じで同じ実験室で実験することになったのだった。いつもどこかボンヤリしてて、人見知りで、目立たないヤツだったんだけど、ある日の夜中に実験しながら話していたら、実はバンドで歌ってるとか言う。それが余りにも意外で、こんな子が本当に歌うの?人前で?一体どんな風に?と逆に興味を惹かれた。すぐに次のライブはいつだと訊いて、観に行くことにしてみたら。普段あんなに冴えない感じの彼女が、女の子ってメガネをコンタクトに変えて化粧をしたらこんなに変わっちゃうのかと思うほど、メッチャ可愛くなっている。そして正直大して期待していなかった歌の方も、信じられないくらい上手い。太い声、暗い詞。コイツ、こんな凄い世界持ってたのかと、あのとき、思ったのだった。
 それからは、バンド活動も手伝うようになって、ビラのキャッチコピーを考えたり、PVを作ってみたり、そのお陰でそれまでとは全然違う人と知り合ったり、世界の見方が変わったりしたもんだった。彼女が自作CDのジャケットを作るところを見て、フォロショやパワポの使い方が更に広がったりもした。その知識は、今でも僕のプレゼンに大いに活かされている。大学院に進学するや否やド田舎の研究所に飛ばされたり、アメリカのド田舎に飛ばされたりしていた僕にとっては、博士課程の残りの2年間は、ようやく学生らしいことをできた時間だったと思う。

「お前がデビューしたときゃオレがマネージャーになるわ」
「売れそうー!」
なんてことも言ってたっけ。

 博士号取って再びアメリカに渡るとき、彼女は泣いてくれた2人のうちの1人だ。(もう一人は、いちばん弟子。嫁はそのときは泣いてない。まだ付き合ってたわけじゃなかったしね。)
 でも彼女は、指導教官の怠慢もあって博士論文を提出することができなかった。今も京都で音楽は続けてるけど、実験助手とか他のバイトを掛け持ちしながら、ようやく生活している感じだ。それで僕は去年、彼女につくばに来ないかと言った。ウチなら十分1人で暮らしていけるだけの給料を払えるから。でも、彼女の京都暮らしは既に長く、音楽仲間も多い。だからそのときは、それを振り払ってまでこっちに来い、とは言えなかった。
 だが今年に入って、研究もプロジェクトも大きくなってきて、いよいよ人手が足りなくなってきた。そこへ、ウチの学生に学振不採用の通知。もうアイツしかいない、と思った。彼女に電話を掛ける。

「頼む。お前の力を貸してくれ。今のオレにはお前しか頼れるやつがおらん」

「わかった」、と彼女は言った。「でも今の上司に相談してからじゃないと。」

そして僕は今、彼女の返事を待っている。
もし来てくれるなら――。
また聞きたいと思う。彼女の歌を。