そして昨日,2004年6月26土曜日

ワタクシが昨日アパートにいなかった時の出来事なので,カリール,ユウリ,アヌーから聞いた話を適当にまとめて書くことにする.
土曜の午後,ワタクシのアパートに腐臭が漂いだした.臭いの出所はエヴァンの部屋らしい.中からテレビの音が聞こえるのだが,ノックしても何の反応もないし,そういえば今週の水曜日以降,誰も彼の姿を見ていない.すぐにカリールが大家のスウィンデル夫人に連絡し,彼女はまたすぐに警察に連絡.そして警察が部屋を開けて入ってみると,夏の高い湿気と気温のために酷く腐敗の進んだ,エヴァンの自殺体が発見された.クローゼットのハンガー掛けに,ネクタイを使って首を吊ったのだ.恐らく水曜の夜にやったらしい.
ゾッとするのは,クローゼットのハンガー掛けが彼の身長より遥かに低いことである.普通本人がどんなに死のうと思っていても,足がつく所で首を吊ることはできない.苦しさの余り体が死ぬことを拒否してしまうからだ.しかし彼はやってしまった.それほど死への意思が強烈だったのだろう.では一体何が彼をそこまで…?
カリールは言う.
「He wanted his parents to feel bad!!」
親への復讐.確かに一理ある.カリールは続ける.
「They didn't take any care of him. They knew he had some mental problem. They knew he lost his job. But we have never seen his father. Never seen his mother!」

4月にこんな出来事があった.ワタクシとカリールとユウリがキッチンで話をしている時に,エヴァンがやって来た.いつもはヘヘヘと笑いながら,やかましいくらいあれやこれやと喋りまくる彼が,眉毛を八の字にして我々に頼みごとをする.
「ダディが小切手を送ってくれたんだけど,メリルリンチ銀行はこの街になくて,これを換金するにはここの銀行に口座がないといけなくてさ.で,キミらはバンクオブアメリカに口座持ってるだろ?オレがこの小切手の裏にサインすればこの小切手はキミらに譲ることができるから,これを現金に換えて,それをまたオレに渡して欲しいんだけどさ….誰か明日銀行に行く奴はいないかい?」
ま,引き受けてもいいけど?とワタクシは言い,彼からその小切手を受け取った.そこに書かれていた金額は…40ドル?それくらいなら今渡してやるよ,とワタクシはその場で彼に40ドルを渡したのだったが….
40ドル.たったの,40ドル.
軽度ではあるが精神に障害を持ち,大学は出たものの,職も得られず社会的適応性に問題がある息子を,彼の両親は遠ざけた.収入がなく,親からまともな援助も貰えない.そのうちこうなると思っていた.このアパートに長く住むルームメイト達は口を揃える.今回の件にカリールは,こうなったのは親の責任だ,エヴァンの両親がやって来たら,奴らの悪い点をまくし立ててやる!!と息巻いている.

大学教授という地位に収まり,成功した両親にとって,息子が社会的に適応できないというのは受け入れがたい現実で,そのために彼の両親はその現実に目をつぶってしまったのかもしれない.カリールに言われるまでもなく,エヴァン自殺の報せを受けた彼らは今,ああすればよかった,こうすべきだったと悔恨の念に駆られているだろう.
しかし…ワタクシはこの問題を,親の責任だ,の一言で片付けてしまいたくはないのである.といって,もちろん親を弁護するつもりなどない.彼らの行動次第で,今回の事件は未然に防ぐことが可能だったことは間違いないと思う.ただ…
人間は,「見たくない現実は見えない」という生き物であると思う.夏休みの最終日になって泣きながら宿題をやる人.試験直前になって,遊んでばかりで勉強してなかったことを後悔する人.妻に相談を持ちかけられても仕事が忙しいの一言で取り合わず,ある日突然に離婚届を突きつけられる夫.癌の疑いがありながら癌検診を受けず,末期になってから余命3ヶ月を宣告される人.レベルは違うが,根本は同じだ.人は不安を嫌う.そしてその不安の解決が簡単ではない場合,不安を忘れようとする心理が働くものである.だが,そうすると問題は解決どころか放置されるため,どんどん悪化していき,最後に取り返しの付かない事態となって本人に襲い掛かる.
「現実は直視しなければならない」という言葉はいつでもどこでもよく見聞きする.しかし実際にそれができる強さを持った人は一握りに過ぎない.ワタクシ自身,これまでも色んな問題から目を背けてきた.現実から目を背けてしまうのは弱さというより,人が人として持つ特性の一つなのではないかと思う.そして人はいつまでもいつまでも,人とは違う別の生物に進化するその日まで,(第三者から見れば)愚かな失敗を繰り返すのだ.

今日はそんな考えが頭を巡って,気分は非常に憂鬱である.天気の方も空は分厚い雲に覆われて昼なのに真っ暗で雨まで降るという重苦しい天気だった.
今ワタクシの手元に,面倒臭てそのまま放っておいた,エヴァンの小切手がある.彼の父が彼に送った,40ドルの,小切手.こんな代物が形見になってしまうとは.
この小切手は,これから大切に取っておきたいと思う.そしてこれからの教訓にしたい.今後この小切手を目にする度にワタクシは自問するであろう.目を背けている現実はないか,と.

それにしても,わずか1年という短いアメリカ滞在の間に,ルームメイトが自殺するなんて体験をするとは思わなかった.それも,あんな死に方をして,あんな状態で発見されて…安らかになんて眠れないなあ,エヴァンも,ワタクシも(苦笑).
彼と最初に交わした会話を思い出す.
Eva: How old are you, man?
Ken: 26. What about you?
Eva: How old do I look?
Ken: 27? or 28?
Eva: Hahaha. I'm 32, man!
Ken: Oh, really? You look so young!
Eva: I know I do. Hahahaha...
下品な笑い方をする奴だなあ,なんて思ってたけど…
I'm gonna miss you, Evan...

本当に長くなってしまった.最後まで読んでくれた人,どうもありがとう.明日からはまたオモチロ日記を続けます.そのためのネタも既にゲッツしてるし,ルームメイトが自殺したって,毎日は何事もなかったかのように過ぎていくものなのだ.では,また明日.