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「あのな,健ちゃん…」
下の伯母が,ゆっくりと口を開く.
「去年の八月にな,一回お婆ちゃんが立ち上がれんようなってしもたことがあってんけどな…」
小さくなって,殆ど動かなくなってしまった祖母を見る.ここ何年かの間に祖母は急速に衰えた.ボケも始まっている.助けがあれば立てるが,自分でベッドや椅子から立ち上がる力は既にない.
「その時にあんたのお母さんが電話してきて,お婆ちゃん病院に入ってもらうつもりやて言うきてんけど,オバちゃん来週まで待ってくれて言うたんやわ.来週になったら仕事休めるし,ほしたらあたしがここへ来て面倒見るの手伝うからて…」
伯母の目に涙が浮かんでくる.
「せやのにあんたのお母さんは,そのままお婆ちゃんを病院に放り込んで,Mさんとこへ会いに行ってしもたんや.お婆ちゃんが入院してはったんは十日だけやったけど,その十日の間にお婆ちゃん,もうガターンと老いてしもて…
「入院する前の週にもオバちゃん一回ここへ来てお婆ちゃんの様子見たときは,まだ立てたし歩けたし,トイレにも自分で行けてたんや.そらたまに調子が悪くなって立ち上がれんようなったりすることもあるけども,それは一時的なもんで,まだ回復の余地はあったはずや…」
「それが病院入ったら,おむつされて点滴されて…分かるやろ?そういう状態がどんだけお婆ちゃんの自立心を奪うと思う?それからやで,ほんまにお婆ちゃんがボケてしもたんは…」
「一回Mさんに会いに行くのを辛抱して,オバちゃんが休み取るのを待ってくれとったら,お婆ちゃんはこんな風にはならんかったんや.せやのに行ってしもて」
聞きながら意識が遠くなっていくのを感じた.
「せやからな,お婆ちゃんがこんなんになってしもたという点においてな…」
ワタクシに止めを刺すように,伯母は言った.
「オバちゃんはあんたのお母さんを恨んでるねん」
足元がぐらりと揺らぐのを感じた.自分の中で,何かが音を立てて崩壊していく.伯母の言い分にも一理ある気はした.だが…
だからどうしろって言うんだ!!
母にMさんを諦めろと言えというのか.伯母達と一緒になって母を非難しろいうのか.そもそも父の死後も父の遺言を盾にとり,母に対して内藤家の嫁であることを強要し,祖母の世話をほとんど母一人にさせ…何もかも放り出したいと思わせるほど追い詰めたのは伯母達ではないのか.
ワタクシはもう一度,声が震えそうになるのを必死で堪えて,搾り出すように,言った.
「おかんの人生はお婆ちゃんのためにあるわけでもなければ,伯母ちゃんらのためにあるわけでもないやろ」
…続く