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八月半ばの,週末のことだった.特大の台風が関東にやって来た.ワタクシは週末なのをいいことに夜更けまで本をを読んでいたのだが,ふと気が付くと雨も風も収まっていることに気が付いた.時刻は午前四時.日の出は五時半と六時の間くらいだろうと思われた.


海辺まで車を飛ばして,日の出でも見てみようか――


と思った.台風が通り過ぎた翌日は奇麗に晴れるものだ.思い立ったが吉日.ワタクシはすぐにシャワーを浴び,デジカメのバッテリーを確認して車に乗り込んだ.


丁度空が白みかかった頃,とある岬に辿り着いた.少し雲が出ているが,水平線は奇麗に見える.考えてみると,水平線から昇る太陽を見たことがなかった.少しわくわくしながら,カメラを片手に日の出を待った.そして――




奇麗だった.あんまり感動したんで,涙腺が緩んでしまった.その美しさに見惚れながら,思わず苦笑した.その時浮かんだ考えが,自分の単純さを大いに示している気がしたからだ.


嵐の夜も明ければ日は昇る.いいことも終わりを迎えるものだが,悪いことだってずっと続きはしない――


単純だが,事実だと思った.今の自分もまた,共感してくれる人も帰るところも失って一人になっているけど,こうやって感動することもできるのだと知った.
三十分ほど日の出を眺めた後,太陽に背を向けた.自分がどうしようもなく興奮しているのが分かった.何かしたくて堪らなかった.車に乗り込んで道路地図をめくる.こんな天気のいい日に,と思った.


こんな天気のいい日に,出かけずにいるのは勿体無い――


五十キロほど北上したところ,福島県との県境に勿来(なこそ)の関があるのを見つけた.白川の関と並ぶ旧跡だ.道路地図を助手席に放り出し,アクセルを踏む.大切なものを沢山失ってきたけれど,それでもまだ自分は,まだ自分の足で立っている.立っていれば,日はまた昇る.それだけのことだが,今はそれで十分だった.久しぶりに,生きている感覚を取り戻した気がした.


…続く