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その晩,僕は眠れなかった.

同じ家の,二つ隣のベッドルームに済んでいた人間が,足の付く高さで首を吊った.その事実だけでも憂鬱だったのに,僕の頭は勝手に回転を続けて,気分は益々憂鬱になっていった.

エヴァンの自殺は親の責任だと,カリールは怒りを籠めて言っていた.それが間違っているとは思わなかった.だが,報せを受けた両親は,今頃何を感じているのだろうか・・・


大学教授という地位に収まり,成功した両親にとって,息子が社会的に適応できないというのは受け入れがたい現実だったのかも知れない.そのために彼の両親はその現実に目をつぶってしまったのかもしれない.カリールに言われるまでもなく,彼らは今,ああすればよかった,こうすべきだったと悔恨の念に駆られているだろう.

でも,親の責任だ,の一言で片付けてしまっていいのだろうか.もちろん親を弁護するつもりなどない.彼らの行動次第で,今回の事件は未然に防ぐことが可能だったことは間違いないだろう.ただ…

人間には,見たくない現実は見えない.夏休みの最終日になって泣きながら宿題をやる人.試験直前になって,遊んでばかりで勉強してなかったことを後悔する人.妻に相談を持ちかけられても仕事が忙しいの一言で取り合わず,ある日突然に離婚届を突きつけられる夫.癌の疑いがありながら癌検診を受けず,末期になってから余命3ヶ月を宣告される人.レベルは違うが,根本は同じだ.人は不安を嫌う.そしてその不安の解決が簡単ではない場合,不安を忘れようとする心理が働いてしまう.でも,そうすると問題は解決どころか放置されて,どんどん悪化していって,最後に取り返しの付かない事態となって本人に襲い掛かるのだろう.

「現実は直視しなければならない」という言葉はいつでもどこでもよく見聞きする.しかし実際にそれができる強さを持った人がどれほどいるというのか.僕自身,これまでも色んな問題から目を背けてきた.現実から目を背けてしまうのは弱さというより,人が人として持つ特性の一つなのではないか.そして人はいつまでもいつまでも,人とは違う別の生物に進化するその日まで,愚かな失敗を繰り返すのだ――


その晩,僕は,眠れなかった.