SF旅行記

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さて一旦宿に引き返し、晩飯を食うために再び街へ出る。メシの後は姉御に言われた音楽スクールで、姉御夫婦と共にアマチュア音楽家さんのオペラを見るコトになっている。あまり時間はナイ。さて、ドコで食おーか…考えても街の情報を一切持っておらんワタクシ…

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さて、ネットのデキるカフェにて昼食。店のオバちゃんに頼み込んでケイタイも充電させてもらった(オンボロホステルにはコンセントがナカッタ)。コレで一安心。さて、Marichanの姉御曰く、SFにはアメリカで最大級のAsian Museumがあるらしい。うーん、アジ…

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帰りは高速を使う。マッスグな夜の高速を、毎時90〜100マイル(150〜160km/h)の速度で走って、4時間半ほどで帰りついた。時刻は夜中の12時に近い。レンタカーのオフィスは既に閉まっていたので、とりあえず近くの駐車場に停め、オンボロホステルの部屋に戻っ…

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さて、そろそろ帰るか。時計を見て苦笑する。七時間半掛けてやって来ておきながら、滞在時間は二時間にもならない。 車に向かいながらキーを取り出す。と、また一つの記憶が呼び起こされてきた。

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結局それからも親父の闘病生活は6年続いて、ワタクシが中学を卒業してすぐの三月末にこの世の存在でなくなった。頭が良かった。病床での時間が長かった分、読書によって蓄えられた知識も半端じゃなかった。そして最後まで諦めない性格だった。 高3のとき、…

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それから二年が過ぎた頃だろうか…ワタクシは九歳、小四だったと思う。その日の定期検診から帰ってきた親父が、家族を集めて言った。また入院することになった、と。それだけなら、別にどうということもなかった。だが、そう言った親父の雰囲気がいつもと違っ…

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三歳の時に股関節カリエスを患った親父は、足が悪かった。治療の為に右足の股関節を完全に固定してしまったからだ。 ――いつもビッコを引いていたっけ…こんな風に 防波堤の上を、自分も右足を引きずりながら歩いてみた。その瞬間に、また記憶が蘇る。 「もう…

再びクルマに乗り込んで、少し西へ移動する。と、間近にヨットの大群が見えてきた。駐車場に車を停め、防波堤の方へ歩いていく。間違いない。ココだ。 この景色を見た瞬間、記憶のスイッチがONになったらしい。そう、親父のアメリカでの写真を見て、まだ幼…

そしてSFを出発してから実に七時間半が経過した頃、よーやくサンタバーバラに到着した…と言っても、街の地図を持っていなかったので、ドコがドコだかサッパリわからん。とりあえずガススタに入って、地図を買おうとしたトコロ…うっ。 突然オナカのチョーシ…

しかしまあ災難なトイレであったが、その後コーヒーを飲むと体力的にかなり回復し、再び車を動かす。と、スグに「Santa Barbara」の文字が入った道路標識が現れ、今自分が本当にサンタバーバラに向かっていて、そしてもうすぐその地に立つんだというコトをリ…

さて、海岸沿いの道を五時間かけて250マイルほど走り、目的地のサンタバーバラまであと100マイルほどとなったトコロで、そろそろ給油がヒツヨーになってきた。ちょうどちっちゃなリゾートタウンがあったので、ソコのガススタでガソリンを入れる。デカイ車だ…

ワタクシが考え付いた答えは案外カンタンなモノだった。ソレはヒトコトで言うなら自尊心のモンダイなのだ。 ハンディキャップのヒトに手を貸したり、困ったヒトを助けたりするのは「イイコトをした」とゆー満足を得られるし、逆に自分より速い車に道を譲るの…

さて、海沿いの道は左手に山、右手に海、そして日本の山道のよーにグネグネと曲がりくねっていてドライブコースとしてはサイコーなんじゃないのコレ?と思っていたら… …遅い。 キャンピングカーだろーが、何だか重そーなのを牽引してよーが、アメリカ人。 道…

三十年前に親父とオフクロが三年ほど滞在していたサンタバーバラ。車で行けば五時間ほどだと姉御に言われ、しかもオンボロファッキンなユースの目の前がレンタカー屋だったとゆーコトから、コレは行って来いってコトだねとゆーわけで、計画も何もあったモン…

まあ、所詮ユースなんて安宿なんだから、ゴチャゴチャ文句言っても始まらナイ。折角SFに来てるんだし、てゆーかこのシトがいなけりゃ来なかっただろってワケで、姉御(id:Marichan)のケータイに電話する… 日記を読む感じ、武となれば普段から自転車にマラソ…

念のため断っておくが、「サイエンスフィクション旅行記」ではナイ。id:Marichanのあねご(not いなご…最低)が住んでおられる、かりふぉるにあ州「さんふらんしすこ」のコトである。いちおー四泊したのだが、先に言っておこう。サンフランシスコに行っていな…