朝鮮の歴史

党争. 李氏朝鮮王朝の成立以来,政治を動かしていたのは勲旧派と呼ばれる,王都周辺を拠点とした一群の両班(りゃんばん=貴族みたいなもん)官僚で,彼らは広大な荘園を所有し,高位高官を独占していた.しかし彼らの所有する私有地は拡大の一途を辿り,結果…

李氏朝鮮の王都,漢城(ハンソン=現ソウル). 1394年,李成桂(イ・ソンゲ)は都を開京から漢城へ移す.遷都の決定と同時に彼は直ちに都市建設に取り掛かり,王宮である景福宮(キョムボックン.行ったぞココ!id:KEN_NAITO:20040721参照)を中心に,長さ約20キ…

高麗の滅亡.さて,クビライ=ハンの死後,実質的に高麗を支配していた元は内乱で没落し始める.1351年に即位した高麗王恭愍(コンミン)は,即位前の10年間を人質として元で暮らしており,元の衰退ぶりを熟知していた.彼は機を見て反元運動を断行する.元の朝…

モンゴル軍の侵攻.武臣政権は一旦安定したんだけども,所詮は武人の第一人者.政治機構も経済基盤も所詮は国家や朝廷に依存せざるをえず,権力の基盤は希薄なものであった.しかしモンゴルという「外圧」を利用して,武臣政権は国をまとめてしまう. モンゴ…

高麗の支配体制の動揺.11世紀以降,門閥官僚の最大派閥である李氏一門は政府高官の地位を独占し,その栄華を極めたものの,大きくなりすぎたために内部分裂を起こし,結局は没落する.そしてその後も門閥間での勢力争い・反乱が相次ぎ,高麗の支配層は不安…

今日は高麗の全盛期.10世紀後半から11世紀にかけて国家の諸制度が整備されると,高麗は全盛期を迎える.またこの時期には国王と外戚関係を結んで力を持つ「門閥官僚」なるものも登場してくる. この11世紀には貿易も盛んとなり,宋・日本,遠方はアラビアの…

今日は高麗の始まりを.開城(今のソウルらへん?)の豪族の子として生まれた王建(ワンギョン)は,新羅に反乱して後高句麗(泰封)を興した弓裔(クンイエ)の武将として頭角を現すが,弓裔の暴虐ぶりに見切りをつけ,918年に自らクーデターを起こして国を奪い,…

朝鮮半島の歴史をずらーっと読んでいくと,この半島は一旦安定すると,人々は権力争い・派閥争いに終始して国を弱体化させ,ソコを外から攻められて半島全体を蹂躙され,そーなってから初めて一致団結して徹底抗戦…というパターンの繰り返しであるらしい.ウ…

唐は初め高句麗を攻めたが,高句麗はコレに対してよく守り,逆に唐軍を退ける.一方百済はこの間執拗に新羅を攻撃する.そこで新羅は唐に,今度は百済を攻撃してくれるよう援軍を求めると,唐はそれに応えて13万の水軍を送り込む.唐・新羅の連合軍に挟撃さ…

広開土王の功績で全盛期を迎えた高句麗だったが,六世紀に入ると内乱などによりその勢力を失い始める.逆にこの時期に急速に力をつけたのは新羅で,それまでの高句麗の属国としての姿勢を転じ,百済と結んで対抗し始めるようになる.更に新羅は五世紀半ばに…

朝鮮半島でも日本や他の世界と同様,石器時代⇒土器の時代を経て,村落が寄り集まって国家っぽいものが形成されつつある頃に,中国による支配・影響を受けて中央集権国家が生まれてくる.そんな中で台頭したのが高句麗・百済・新羅の三国.この三国時代は大体…

以前こんな本を読んでいるコトを紹介したが,果たしてワタクシがいかに朝鮮半島の歴史を知らないかを改めて認識させられる,毎晩寝る前のヒトトキである.ので,自分への備忘録を兼ねつつ,興味のあるシトは一緒に韓国の歴史をベンキョーしましょ,またワタ…